オタク的思考の理想の女性像というものを皮肉った画像投稿が面白かったので
メモとして記録しておく。
中島梓『コミュニケーション不全症候群』
つまり「自我を持った”他者”である女の子に耐えられない」って…何かもう中島梓『コミュニケーション不全症候群』とか思い出すようなSF的哀しみの世界なんだが。こんな「本音」をガチで言う男たちがもう社会の主流になっちゃったのかな。
pic.twitter.com/4eJnp4S1ps— ライジ (@lije_bailey) 2016年12月8日
元ネタがあるのですね
- 中島梓が20年前に指摘した「コミュニケーション不全症候群」について
中島梓が20年前に指摘した「コミュニケーション不全症候群」について | あちたりこちたり中島梓『コミュニケーション不全症候群』 先にお断りしておきます。今回は引用を含めて少し長くなりますので、ご容赦のほどを。 「おタク」という言葉はもはや十分...
詳細については後で書く。
雑感
ひとまず思うこと。
オタク的な人たちが妄想する彼女という理想像は現実を起点としていない。
ましてや女性像が空想の生き物というフィクションで成り立っているこということから考えるべきである。
現実とのぎやっぶは必然
処女信仰は、童貞であるからこそ。
自分が童貞だから相手にも処女性をもとめる発想だ。
童貞と処女だからといって旨く行為が果たせるどころか未知との遭遇になる為色々と悲惨なことになるとは考えられるがそこは純情ピュアピュアボーイたちの戦いの場だ
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